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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)206号 判決

原告

星野稔

右訴訟代理人弁護士

久保利英明

外二名

被告

東京都知事

美濃部亮吉

被告

東京都

右代表者

美濃部亮吉

右被告両名指定代理人

関哲夫

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告

1  本位的請求

(一) 被告東京都知事が原告に対し、昭和四六年三月二七日になした東京都職員採用内定を取消した処分を取消す。

(二) 原告と被告東京都の間で、原告が同被告の建設局職員たる地位を有することを確認する。

2  予備的請求

被告東京都知事は、原告を被告東京都の建設局職員として採用せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

1  本案前

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案

主文同旨

第二  当事者の主張

一、原告

1  本位的請求第一項について

(一) 採用内定取消処分の存在

原告は、昭和四六年一月二七日付をもつて被告東京都の建設局職員として採用内定した(以下「本件採用内定」という。)者であるところ、被告東京都知事は、同年三月二七日到達の書面(該書面には、建設局総務部長田神正男名で、「職員採用内定の取消しについて」と題し、「このことについては、昭和四六年一月二七日付四五建総庶収秘第六〇五号〜二により採用内定を通知しましたが、あなたは当局の職員となるべき適格性に欠く行為があつたので、採用内定を取り消します。したがつて、きたる四月一日以降、出勤には及びません。」と記載されていた。)で、同日付をもつて原告に対する右採用内定を取消す処分(以下「本件処分」という。)をなした。

(二) 本件採用内定に至る経緯およびその法的性格

(1) 本件採用内定に至る経緯

① 原告は、昭和四五年八月二六日、東京都人事委員会の同年五月一五日付昭和四六年東京都職員(短大卒程度)採用試験公告による職員募集に応募し、第一次試験(同年九月二七日)および第二次試験(同年一一月一六日)のいずれにも合格し、同年一二月三日、東京都人事委員会採用候補者名簿(短大卒程度)に登載され、同年一二月中旬、配属先希望調査表を提出した。

② 原告は、昭和四六年一月二八日、同月二七日付東京都建設局総務部長田神正男名の採用内定通知書を受領した。該通知書には、「面接及び身体検査の結果、あなたを昭和四六年四月一日付で建設局に採用することに内定いたしましたのでお知らせします。なお、四月一日の出勤については、三月二〇日頃に再度連絡します。」と記載されていた。

③ 原告は、昭和四六年三月九日ごろ、同日付東京都建設局総務部庶務課長西村博名の書面により、四月一日の出勤についての集合時間、集合場所等の指示を受けた。

④ 原告は、同年二月一〇日、東京都建設局総務部庶務課研修係から「週間とちよう」(昭和四六年一月四日号、同月一二日号)および「けんせつ局報」(同年一月一四日号)の送付を受け、さらに、同年三月一〇日、同係から「とうきよう広報」(同年二月号)および「けんせつ局報」(同年三月四日号)の送付を受けた。

⑤ 原告は、同年三月二〇日、前記採用内定通知書に基づいて、保証書、卒業証明書(高等学校卒)を東京都建設局総務部人事係宛に持参、提出した。〈中略〉

第二の二の2の(一)の(2) 主張―本件処分事由

被告東京都知事は、原告に対し、左記の理由により本件採用内定を取消した。すなわち、原告は、昭和四六年三月一六日、自ら採用されることを希望している被告東京都の業務である初級現任研修制度に反対し、他の同調者らと共に、然も自ら指導的立場において、東京都職員研修所を実力で封鎖し、研修生の入構を阻止する等の暴力行為に訴え、あまつさえ、当局の再三に亘る退去命令を無視し、終に導入された警察官に右研修所入口付近において不退去罪ならびに威力業務妨害罪の現行犯人として逮捕されたものである。

以上のことは、もし原告が被告東京都の職員であつたとすれば、その適格性を欠く場合、地公法およびこれに基づく東京都条例・規則に違反した場合ならびに全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合のいずれにも該当し、原告が公務員不適格者であることを示すものである。

① 先ず、原告らの反対した初級現任研修制度について述べる。

被告東京都においては、従来常勤の一般職の職員に吏員、雇員、傭員という区分を設け、雇員は、吏員昇任試験あるいは吏員昇任選考に合格することによつて吏員に昇任、し、傭員は、能力認定に合格することによつて雇員になるという昇任制度を採用していた。右吏員昇任試験は、事務、土木、建築、機械、電気の職種に従事する職員で、採用試験の受験資格区分(短大卒程度、その他)により定められた雇員(職名は主事補あるいは技師補)としての勤務年数を経た者が受験資格を有し、これに合格することにより吏員(職名は主事あるいは技師)となるものであつた。そして、右のようにして吏員となつた者は、職員の給与に関する条例に定める行政職給料表(一)五等級の給料を支給されることになつていた。

ところが、右の如き被告東京都の職員の人事制度、とりわけ任用制度には従来から様様の問題点があり、内外から改善の必要を指摘されてきたところであつた。被告東京都においても予てから任用制度全般の整備を進めてきたところであるが、東京都行財政臨時調査会は、昭和四四年六月、被告東京都知事に対し、東京都における「人事管理に関する助言」を提出した。そこで、同被告は、右助言の方向に沿つて、昭和四五年度から従来行なわれてきた吏員昇任試験を廃止し、これにかわるものとして研修と勤務成績評定による昇任選考を実施することとし、同時に、職名整備の一環として吏員・傭員の区別も廃止した。この改正により、従来使用されてきた「吏員昇任」という呼称もなくなり、新しい制度による昇任は、行政職給料表(一)五等級相当職への昇任となつたのである。

被告東京都知事が右のような改善を行なつたのは、従前の吏員昇任試験が内容・方法ともに形式的・画一的であり、行政の著るしい専門化・多様化に伴ない職員の個々具体的な職務に対する遂行能力を実証しうるものではなくなつたこと、また、従来の吏員昇任にみられた身分的昇任の性格を除去し、近代的・民主的な能力主義昇任制度を志向したことによるものである。

そして、被告東京都は、従前の吏員昇任試験にかえて採用した研修を初級現任研修と称し、職場研修のほか一〇〇時間程度の集合研修を実施することとした。職場研修は、部課の長が当該部課に所属する職員を対象に、当該部課における業務遂行上直接必要な事項に関して、主として日常の職務を通して行なうものである。また、集合研修は、局区研修と中央研修とに分かれ、局区研修は、局区の長が当該局区に所属する職員を対象に、主として当該局区の業務遂行上特に必要な事項に関し行なうものであり、また、中央研修は、東京都職員研修所長が各局区に所属する職員を対象に、東京都の職員として職務執行上必要な事項のうち、主として各局内間に共通する事項に関して行なうものである。なお、研修終了の認定は、集合研修は研修の「まとめ」という小文を提出させて行ない、職場研修は各所属長の認定に委ねた。そして、これら研修の成果と勤務成績の評定等を総合的に勘案して、短大卒程度で採用された者は在職五年目に行政職給料表(一)五等級の職に昇任させることとしたのである。

以上のような改正を行なうについては、東京都職員労働組合、東京水道労働組合等の職員団体等と長期にわたつて協議を重ね、合意に達したものであり、その上で実施に移したのである。

② 次に、原告らの研修妨害行為について述べる。

前項の如き任用制度の改善に対し、東京都職員の一部から反対闘争が起きた。ところで、昭和四五年度の初級現任研修は、各局区研修が昭和四六年一月二五日から同年二月二〇日まで実施され、東京都職員研修所における中央研修が同年二月二三日から同年三月二六日まで実施されることになつていた。しかるに、中央研修の第四週目の第一日目に当る同月一六日午前七時三〇分ごろ、研修所入口の階段に約二〇人の白ヘルメットを着帽した人達が参集し、次いで、午前八時一〇分ごろ、右研修所に隣り合つた公文書館に約三〇人の青、黒、赤のヘルメットをそれぞれ着帽した人達が参集した。そして、右の両グループは、午前八時一八分ごろ合流したうえ、研修所および公文書館の各入口前の階段に並んで座り込み、ピケッテングを張るに至つた。そして、その中の何者かがハンドスピーカーでアジ演説を始め、また二本の竿を用いて横断幕を掲げた。このほかに、「都職反戦」、「差別撤廃」と記された旗が立てられた。

これに対し、研修所当局は、午前八時二〇分ごろから建物備え付けの放送設備により、「階段付近に座り込んでいる皆さんにお伝えします。庁内管理上支障がありますので集会を止めて下さい。」ということを繰返したが、前記ピケッテングは解かれず、却つて人数は増加し、午前八時三〇分ごろ、研修所入口は封鎖された状態となり、研修所内に入ろうとする研修所職員が右の者達に小突かれる事態となつた。これに対し、研修所当局は、午前八時四〇分、右ピケ隊に向けて、「玄関入口に座つている皆さんにお伝えします。庁舎管理上支障がありますので座り込みはやめて下さい。昭和四六年三月一六日午前八時四〇分」と書いた模造紙を掲示し、かつ同一内容をハンドスピーカーで繰返えし放送したが、全く無視された。〈後略〉

理由

一本位的請求第一項について

1  原告の主張1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  本件採用内定について

(一)  本件採用内定に至る経緯

原告の主張1の(二)の(1)の事実は、原告が被告東京都の職員(短大卒程度)採用試験に応募した日および採用内定通知書を受領した日を除き、全部当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、原告が右採用試験に応募した日は、昭和四五年八月二六日であること、採用内定通知書を受領した日は、昭和四六年一月二八日であることが認められる。右認定に反する証拠はない。

(二)  本件採用内定の法的性格

前項認定の事実関係を総合して本件採用内定の法的性格を検討するに、任命権者たる被告東京都知事が昭和四六年一月二七日付採用内定通知を発出し、翌二八日原告に該通知が到達したことにより、同月二七日付をもつて、その効力発生の始期を同年四月一日とする採用行為がなされたものと解すべきである。

被告東京都知事は、採用内定通知は任命行為をするまでの準備的行為にすぎず、辞令の交付がない以上は、いまだ任命行為は存在しない旨主張する。しかし、地方公務員の任命の手続については明文の規定はなく、また国家公務員についての人事院規則八―一二(職員の任免)第七五条の規定も、国家公務員の任命をいわゆる要式行為とした趣旨とは解せられず辞令の交付の有無にかかわらず、任命権者から発令の通知がなされたときは、その意思表示のみによつて任命の効力が生ずると解するのが相当である。そして、前記採用内定通知書には、「昭和四六年四月一日付で建設局に採用することに内定いたしました」旨記載され、採用にあたつては保証書と卒業証明書が必要であるから郵便等により提出すべき旨記載されている以外は何らの留保もないのであるから、これをもつて原告が昭和四六年四月一日付で東京都職員たる地位を取得するという法律効果に向けられた確定的な意思表示とみてさしつかえなく、「内定」なる用語が使用されているだけでは右判断を左右するにたりない。

また原告は、被告東京都知事の前記採用内定通知により同日原告と同被告の間に労働契約が締結され、原告は、正式採用職員たる地位を取得したのであつて、ただ原告の労務提供義務が昭和四六年四月一月から発生するにすぎない旨主張するが、前記採用内定通知書によれば、右日時は就労開始の時期ではなく、採用の日時であることが認められるから、右主張は採用しない。

3 本件採用内定取消の法的性格について

本件採用内定の法的性格が前述したとおりであることに鑑みれば、被告東京都知事が昭和四六年三月二七日付をもつてなした本件採用内定取消は、始期附採用という行政処分を始期の到来前に撤回するものであるから、それ自体あらたな行政処分であると解すべきである。

よつて、本件採用内定取消は抗告訴訟の対象たり得る処分というべく、これと異なることを前提とする被告東京都知事の本案前の抗弁は理由がない。

4 そこで、本件採用内定取消の当否について検討する。

すでに認定したとおり、本件採用内定は、昭和四六年四月一日を効力発生の始期とする採用行為であつて、採用内定者である原告は右始期の到来までは被告東京都の職員たる身分を取得するものではないから、地公法二七条ないし二九条の適用を受ける者ではない。しかしながら、原告は、右始期到来前においても、昭和四六年四月一日には被告東京都の職員(地公法二二条により条件付採用職員)としての身分を取得すべき期待的地位を有していたのであるから、被告東京都知事は、前記採用内定通知書に記載されている保証書または卒業証明書の提出がなかつた場合に限らず、全く自由に採用内定の取消(始期付採用行為の撤回)をなし得ると解すべきではない。地公法二九条ノ二は、条件付採用期間中の職員については、同法二七条二項および二八条一項から三項までの適用を除外しているところ、原告は右条件付採用職員となるべき期待的地位を存するにすぎないことを勘案すれば、被告東京都知事は、採用内定の取消について、条件付採用職員を正式採用にする場合よりもさらに広い裁量権を有するものとはいえるが、右裁量権の範囲は無制限ではなく、原告の右期待的地位を剥奪することを正当とするだけの公益上の必要性がなければならないと解するのが相当である。

そこで本件についてこれを検討するに、被告東京都知事の主張する本件処分事由(第二の二の2の(一)の(2))のうち、①の、、、②の、、の各事実、および、原告は、昭和四六年三月一六日、被告東京都の昭和四五年度初級現任研修に反対し、東京水上警察署員に不退去罪、威力業務妨害罪の現行犯人として逮捕され、同月一八日から同月二七日まで勾留処分を受けたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

被告東京都が従前の吏員昇任試験制度を廃止し、これに代る制度として研修と勤務成績評定による昇任選考を実施することにしたのは、右吏員昇任試験制度が内容・方法ともに形式的・画一的であり、現代の行政の著るしい専門化・多様化に伴ない職員の個々具体的な職務遂行能力を実証し得るものではなくなつたこと、また、吏員昇任にみられた身分的昇任の性格を除去し、近代的・民主的な能力主義昇任制度を志向したことによるものであつた。そして、以上の如き制度の改革には、被告東京都とその職員団体たる東京都職員労働組合等と長期に亘り協議を重ね、合意に達したところであつた。ところが、右のような改革に対し、東京都職員労働組合の青年(特に、建設支部の青年)・婦人層の中から、右改革は、東京都政に企業的な考え方を持ち込むものであるとか、能力万能主義を導入するものであるとか、あるいは、職員のロボット化を図るものであるとかの理由で反対運動が起り、とりわけ研修制度については、能力判定の手段とするものであるとして研修ボイコット、研修反対のビラの配布等の各種行動が展開されるに至つた。

原告は、本件採用内定後、右制度の改革につき、右建設支部所属の東京都職員西川幹生から、その者達が右研修制度につき反対している理由を聞いて同感し、その制度は差別的制度であると考えるようになつた。そこで、原告は、昭和四六年三月一六日、東京都職員研修所(東京都港区海岸通り一丁目所在)において、右建設支部青年部の人達が中心となつて実施されることになつていた研修反対のための集会に参加すべく、同日午前八時ごろ、国鉄浜松町駅でその人達と待ち合わせ、午前八時一〇分ごろ、右研修所に到着し、同時刻ごろから開始された研修反対のための集会に参加した。同集会は、午前八時三〇分ごろまで行なわれ、その後原告は、研修受講のため集合してきた研修生に対し研修ボイコットを呼びかけたり、その説得をするという行動に移つた。

他方研修所当局は、午前八時二〇分ごろから建物備え付けの放送設備により、研修所入口階段に座り込む等のピケ態勢をとつて研修所に入構するのを妨害していた白ヘルメットを着帽した約二〇名のグループと青、黒、赤のヘルメットを着帽した約三〇名のグループに対し、右妨害行為を中止するよう繰返えし放送したが、右の者達はこれに従う様子になく、その者達の人数はますます増加する一方であつて、午前八時三〇分ごろは研修所正面入口は封鎖状態となり、その中に入ることも困難になつた。そこで研修所当局は、午前八時四〇分ごろ、さらに右の者達に向けて座り込みをやめるよう書面で掲示するとともにハンドスピーカで繰返えし要請したが、前回同様その者達はこれに全く従う様子になかつた。そのため研修所当局は、午前八時四五分、掲示と放送により第一回目の退去命令を発出したが、依然右の者達はこれに従う気配になく、そこで、さらに、午前八時五五分、第二回目の退去命令を発出したが、前回同様全く無視され、さらに、午前九時五分、第三回目の退去命令を発出したが、これも全く無視された。そこで、研修所長は、このままの状態では当日の研修が不可能になると判断し、午前九時一〇分、東京水上警察署に対し、文書を以つて右の者達の排除要請を行なつた。右要請を受けた右警察署は、午前九時一〇分ごろと同九時一二分ごろの二回に亘り、右妨害行為に及んでいる者達に対し、退去すべき旨の警告をした。これに対し、前記約二〇名の白ヘルメットを着帽した人達は、第一回目の警告後退去したが、赤ヘルメットを着帽した人達はこれに従う気配になく、依然として研修所正面入口前にスクラムを組む等のピケ態勢のもとに研修所への入構を阻止する行動に及んでいた。そこで、右水上警察署は、午前九時一五分、これらの者達の排除行動に移つたのである。しかして、右排除行動は比較的スムースに行なわれ、研修開始は、予定時刻から一五分遅れて実施された。

原告は、右の間赤ヘルメットを着帽し、右研修所玄関前に座り込む等して入構を妨害していた者達に向つて携帯メガホンを使用して盛んにアジ演説をしたり、前記研修所当局の退去命令に対し、がなるという行為に出でた。右の如き行動を目撃した警察官は、原告が右集団のリーダーであると判断し、研修所前において、前記の各罪名により現行犯人として逮捕したものである。〈証拠判断省略〉

右認定事実によれば、原告は、他の者と共謀のうえ、右研修妨害行動につき積極的役割を果たしたことが推認され、〈証拠〉によれば、被告東京都知事は、原告が自ら東京都職員として採用されることを希望し、採用内定になつているにもかかわらず、右の如く他の同調者と共にその手段・方法を選ぶことなく、いずれは自らもその一員となるであろう職場の研修を妨害するという行動に出で、しかも研修開始時刻を約一五分間に亘り遅延させ、遂に導入された警察官に不退去罪、威力業務妨害罪の現行犯人として逮捕されたことから、原告を被告東京都の職員として採用するについては、その適格性に欠けるところがあると判断し、本件処分に及んだことが認められる。

原告は、研修制度にこそ不都合な点があり、むしろ原告の行動は正当であるかの如く主張するが、右制度は、前記認定のとおり、被告東京都において長期間検討を重ねてきたものであり、またその実施については東京都職員労働組合等とも協議を重ね合意に達していたものであつて、前記の如き妨害行為に出でたことは、いかなる意味においても許されないところであると断ずる他ない。

また、原告は、前記逮捕が不当逮捕であつた旨主張するが、前記認定の事実によれば、右逮捕が不当であつたということはできない。

以上述べてきたところよりすれば、被告東京都知事において原告が被告東京都の公務員としての適格性に欠けると判断したことには首肯し得るものがあり、少くとも原告には被告東京都の公務員としての適格性を欠くことを疑うに足りる相当な理由があるというべきであつて、前記のように原告が条件付採用職員となるべき期待的地位を有するにすぎないことをあわせ考えると、本件処分については、原告の右期待的地位を剥奪するのを正当とするだけの公益上の必要性があるものと解するを相当とする。

5  原告の主張に対する判断

(一)  原告は、本件処分は憲法一四条、二一条に違反する旨主張する。

原告が研修制度に反対していたことは前記のとおりであるが、それだからといつて被告東京都知事が原告の逮捕を口実に任用制度反対運動抑圧のため一罰百戒を狙つて政治的に本件処分をなしたとか、あるいは原告の信条を理由として差別的に本件処分をなしたとかの事実を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用しない。

(二)  原告は、本件処分は公正な手続を全く無視してなされた旨主張する。

原告が昭和四六年四月一日までは被告東京都の職員たる身分を取得せず、したがつて、地公法二七条の適用がないことは前記のとおりであり、このことは、同法四九条についても同様であつて、条件付採用職員について同条の適用が排除されていることからみれば、原告のように条件付採用職員となるべき期待的地位を有するにすぎない者については、同条の準用も考えられない。もつとも、地公法二七条一項の精神は、本件処分に当つても尊重されなければならないであろうが、前記4で認定した事実関係のもとにあつては被告東京都知事が本件処分をなすに際し、原告からその処分事由についての弁明を聞かなかつた(このことは当事者間に争いがない。)からといつてそれが公正な措置でなかつたということはできない。

従つて、この点に関する原告の主張は理由がない。

(三)  原告は、仮定的に、本件処分は原告が東京都職員としての地位を取得する以前の事由によりなされたものである旨主張するが、本件採用内定の法的性格および本件処分の法的性格については前述したとおりであつて、これを異なることを前提としての主張であるから採用しない。

(四)  裁量権濫用の主張について

被告東京都知事が本件処分をなし得る場合については前述したところであり、これと異なることを前提としての原告の主張は理由がない。

次に、原告の主張する免職処分の実例、および、原告と同時に逮捕された被告東京都の職員に関する主張は、いずれも被告東京都の職員たる身分を取得していない原告には適切でないので理由がない。

原告は、本件処分につき具体的な事由が明示されなかつた旨主張するが、前記認定の事実関係の下にあつて、原告は、その事由を当然知り得たところであり、また、その事由を具体的に明示することは好ましい措置であるということができても、地公法四九条の適用がないことは前述したところであつて、その明示につき具体性に欠けるところがあつたからといつて本件処分が違法となるものではない。

また、本件処分が出勤日五日前になされたからといつて不当であるということもできない。

従つて、この点に関する原告の主張は採用しない。

6  以上のとおりであるから、本件処分は適法であつて、本位的請求第一項は失当である。

二本位的請求第二項について

1 本案前の答弁について

(一) 本位的請求第一項の勝訴判決が確定すれば、該判決は関係行政庁を拘束し、関係行政庁が右判決に従つて行動することを義務付けられることは、被告東京都の主張するとおりである。しかし、右判決の拘束力は、本件処分を違法とする事由に関係のある判断について生じるだけであつて、本件処分の前提となつている本件採用内定の法的性質に関する判断についてまで及ぶものではないと解するのが相当である。ところで、被告東京都が、採用内定は準備的行為にすぎず、任命行為がない以上、原告が同被告の職員としての地位を取得することはない旨主張していることは、当事者間に争がないから、原告は、本位的請求第一項のほかに同第二項の請求をする法律上の利益を有するものというべきである。

(二) 本件処分が抗告訴訟の対象たり得る処分であることは前記のとおりであるが、原告は、本位的請求第二項を同第一項の関連請求として、行政事件訴訟法一九条により併合提起し、両者について同時に判断を受けることを求めており、本位的請求第一項の判決以前に同第二項の判決を求めているのではないから、同第二項の請求が本件処分の公定力に牴触するとはいえない。

(三) 原告は、第一次的には、本件採用内定にもとづき、被告東京都の建設局職員たる地位を取得したとして、その地位の確認を求めているのであつて、あらたに採用発令という行政処分が必要であることを前提としているのではないから、本位的請求第二項は裁判所が行政庁に代つてその権限を行使する結果になるという非難はあたらない。

以上のとおり、被告東京都の本案前の抗弁は、いずれも理由がない。

2  本案について

しかし、本件処分が適法であり、したがつて本件採用内定がその効力を失つたことは、前記のとおりであるから、原告が被告東京都の職員たる地位を取得するに由なく、本位的請求第二項も理由がない。

三予備的請求について

予備的請求は、原告の被告東京都知事に対する本位的請求第一項が認容され、しかも被告東京都に対する本位的請求第二項が認容されない場合の請求であるところ、前述したとおり、すでに本位的請求第一項は理由がないのであるから、予備的請求についての判断を要しない。

四以上のとおり、原告の被告両名に対する各本位的請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(大西勝也 林豊 中田昭孝)

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